飛行船物語(第6便)
サムシングブルー
「なにか青いものを身につけてくるように、だって」
「何それ」
「サムシングブルーだっけ。結婚式の花嫁が何かひとつ青いものを身につけるといいっていうナラワシ。ほかにもサムシングなんとかってあったじゃない」
「あ、なんか聞いたことある。でもさあ、わたしたちって花嫁以前じゃん」
「そこまで気にしなくってもいいんじゃない? 二次会なんだもん」
そう言って、わたしは手にした案内状をひらひらと振ってみせた。ユミちゃんは屈託なく、
「わたし青いドレス持ってるから、それでいっか」
「そう……」
トーンの落ちた声で相づちを打った。「わたし、ブルー系のものって持ってないんだ」
「スカーフとか、ショールとかは?」
「ない」
「だったら買えばいいじゃん」
「やだよ。青いものって嫌なの」
「どうして?」
「なんとなく」
「ヘンなの。じゃあさ、爪を青く塗るとか」
「げ、サイアク」
「じゃあ二次会行かないの?」
「行くけど、青いものってなんかニガテなんだよねー」
「そういえばそうだよね。青い服着てるとこ見たことないもん」
「ブルーってさ、ユウウツっていうイメージあるでしょ。そういう色、身につけてると寂しくなっちゃわない?」
「えー、それヘンだよー、ぜったい」
「ウェディングって、めでたいことなのに、どうして青なんだろ。ピンクとか黄色じゃないのかな」
「だからデントーなんでしょ。サムシングブルーっていう」
「伝統? ナラワシじゃないの」
「どっちでもいいよ。でも、青がニガテなのって困ったね」
「うん、自分で青だってわかんなきゃいいんだけどね……、あ」
「なに?」
「なんでもいいのかな? 」
「いいんじゃないの、青ければ」
「ブルーコンタクト」
「わっかんねーよ」
休日、女二人でお台場に遊びに来ていた。花嫁以前どころかオトコがいない者同士である。
人工的に造られた砂浜の向こうに広がる海は、イカスミを混ぜたように黒かった。風はほとんど感じない。ショートにしたばかりのユミちゃんはともかく、髪が長いわたしは海風が強いと髪の毛がぼさぼさになってしまうからありがたかった。
とろんとした空気の向こうでレインボーブリッジが眩しく光っているように見える。青い空に逆さに渡した白い虹のようだった。
サムシングブルーだか何だか知らないけど、青いものが幸せを運んでくると、どうしてそう考えられるのか不思議だった。
青が苦手だなんて、世の中のほとんどの人たちにはあまり理解されない感覚だろう。
晴れの日は青空と決まっている。ラジオのDJだって晴れていればいつもより陽気な声でしゃべるに違いない。
でも、青空が苦手な人だってここにちゃんといるのだ。
青い空を見ていると、なんだか哀しくならないだろうか。どこまでも底なしの大きな水瓶の底を覗き込んでいると、自分がすうっとその中に落ち込んでいくような気分になる。そしてそのままどこか遠くへ連れ去られてしまいそう……ということは誰にも話したことがない。
雲があればひとまず安心なんだけど。
「ねえ、あれ何?」
そのときユミちゃんが青空の片隅を指差した。
「え?」
「ほら、あそこ。レインボーブリッジの、右の柱の2センチ上」
目を凝らした。コンタクトレンズ(ふつうのソフトコンタクトである)をつけていたけれど、視力はいいほうではなかった。
ようやく焦点の合った青空の中に、小さく白い風船のようなものが浮かんでいた。
ユミちゃんは左手を帽子のひさしのようにかざして、
「ゆっくりこっちに向かってるみたい。気球?」
「飛行船でしょ」
白い飛行船はゆっくりゆっくり進んでいるように見えて、気がつくとレインボーブリッジの向こうに、白い体をくっきりと見せていた。
ユミちゃんは眩しそうに目を細めながら、
「あー、あれ乗りたいな。今日みたいな日だと気持ちいいだろうね」
「うん……」
わたしは高いところから見る青空はどうなのか心配になってしまう。飛行船がどんどん青い空に上がっていって帰ってこれなくなってしまうイメージが頭の中に浮かんだ。
すると次の瞬間、ユミちゃんは受験の合格発表を見つけた学生のように飛び上がり、
「あっ」
「どうしたの」
「あの飛行船もサムシングブルーじゃん」
「なんで?」
「青い線が入ってるよ」
よく見ると波の形のようにゆるやかにカーブした青いラインが白い飛行船を彩っていた。まるでリボンのように。
ぴかりん、と太陽がウィンクしたようだった。
「ああーっ!」
わたしも思わず叫んだ。
隣でユミちゃんがびっくり目を見開いてわたしを見、
「どうしたの!?」
「リボンよ、リボン!」
「何が?」
わたしは両手を頭の後ろに回し、自分の髪を束ねて持ち上げるようにしながら、
「サムシングブルーを何にするかって話。青いリボンで後ろ髪を結べば……」
「自分じゃ見えない、ってわけか。あったまいいー!」
とびきりのアイデアを褒められ、わたしは嬉しくなって青い空を見上げた。
飛行船はゆっくり向きを変え、羽が三枚ついたお尻をわたしたちのほうへ向けると東京タワーの方へと小さくなってゆく。その白く丸い姿を見ながらわたしは呟いた。
「やっぱり、サムシングブルーっていいことあるのかな」
もしそうなら、わたしも青を好きになっていいのかもしれない。
ユミちゃんは真剣な顔でわたしに言った。
「これで彼氏ができたらホンモノだね」 ■
>飛行船物語
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)




最近のコメント