飛行船物語(第30便)
スーツの背中
もしもし、とケータイから聞こえてきた男の人の声が父のものだと気がつくまでに五秒くらいかかった。
「どうだ」
「元気よ」
静岡に住む父の声は低く、聞き取りづらい。それよりも父が電話をかけてくること自体が珍しいことだった。
どうしたの、と問うと、父は相変わらずぶっきらぼうに言った。
「おまえ、昇進したんだってな。おめでとう」
おそらく母に聞いたのだろう。
この秋、わたしは三十七歳で、とある外資系保険会社の部長職に抜擢された。仕事は楽とはいえないけれど、責任を背負って働くのは嫌いではなかった。
ただ、仕事で会う人たちの役職はそれまでよりも確実に上がった。エアラインのシートなら、エコノミーではなく、少なくともビジネスクラスに乗る人々である。仕事だから遠慮はしないが、若干気後れするのは否めない。
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